WINTER & WINTER
Pittoresque(絵画的な)
阿部海太郎

 そう、これは表現なのです。現地録音をすること、この須く客観的であるはずの作業が表現であるという矛盾に、気づかなければなりません。
 ヴェネチア・サンマルコ広場のカフェとそこで演奏する楽団。その現地録音。それも、いわゆる「ライブ版」よりもはるかに踏み込んで、演奏を聴きにくくする騒音をも厭わず録音し、カフェの音空間そのものを切り取ってしまった個性的なCD——『Venezia la Festa』は、1997年に音楽レーベルWINTER & WINTERから発表されました。以後、WINTER & WINTERの現地録音シリーズ“Audio Film”は、スイスの由緒あるホテルや、朝4時から始まるバーゼルのカーニヴァルなど、まるで旅行をしてその場にいるかのように、ヴィヴィッドな音風景を聞かせてくれます。

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 ニューヨークでもパリでもロンドンでも東京でもない、グローバリズムの喧噪から離れた街、ミュンヘンにあるWINTER & WINTER社は1990年代半ばから活動をはじめ、世界の音楽シーンにまるで無関心かのように、全く独自の哲学に基づいたCDを今日まで約200タイトルもリリースしています。レーベル名のWINTERは、プロデューサー、ステファン・ウィンター(Stefan WINTER)の名前を冠したもの。そのことからも伺えるように、ミュンヘンから世界へ届けられるCDのその個性とは、ひとえにステファンの個性であり、ステファンの表現とすら言って良いでしょう。でも、現地録音が表現って…?
 R.マリー・シェーファーのサウンドスケープ(soundscape)の概念は、人間をとりまく環境を音の面から捉え、それまでは映像的にしか捉えられなかった風景(landscape)に音という非実体的な存在を認識させてくれます。たとえば、視覚的にはただの「古池」という場所と、「蛙飛び込む古池」という場所とでは、場所の持つ価値に大きな隔たりがあり、果たして名所と呼ばれる景観良き場所とは別に、音の名所というものが成立する。その意味で、WINTER & WINTER の“Audio Film”は、世界のいろんなサウンド・スケープを集めたものと考えて良いでしょう。

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 しかし、“Audio Film”の魅力はもっと別のところにあると思えてなりません…もっと別、いえ、まったく逆かもしれません。このシリーズが”Cinema for your ears(あなたの耳のために映画を)”とも呼ばれていることに注目してみましょう。ヴェネツィアという「情景」、ホテルの「佇まい」。景観というのは、その場所が持つ幾多のストーリーと、人間のエモーショナルな想いとが形づくる内密のイメージです。
 そのようなイメージを表す手段として、われわれは現実にドメスティックな写真ではなく、絵画という手段を持っています。あくまでリアルなサウンドスケープに対して、“Audio Film”が伝える音風景は、まさに絵画的pittoresqueなものなのではないでしょうか。ある種の虚構を通して、場所の真実を描く———Cinema for your earsという言葉は、音風景の虚構性を示唆していると言えるでしょう。
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 WINTER & WINTERは、まさに描くようにして、場所を絵画的に伝えようとしています。それは優れて表現的な録音です。1905年のオリエント急行、イタリア人のキューバ滞在記、1930-40年代の「魔都」上海…“Audio Film”シリーズに含まれるこれらの作品は、現実に忠実ではないけれど、真実に忠実である、そんな言い方ができるかもしれません。WINTER & WINTER、美学のあるレーベルです。

(阿部海太郎/Umitaro ABE)