純粋さとリアリティー、アイデアにみちたパリ土産
山崎真央
阿部海太郎はピアノをはじめとした鍵盤楽器、ヴァイオリン、そしてパンデイロなどのブラジルの打楽器など、数多くの楽器をこなすマルチプレイヤーである。またある時はファッションショーやエキシビション用の音楽の作曲活動、舞台やコンサートなどの音楽ディレクターも担当する。こういう言い方をしては語弊があるかもしれないが、これまでの彼の活動の多くは、彼の気の赴くままに、ほぼ彼の交友関係の延長線上でその多彩な才能を発揮し続けてきたようにみえる。それが今回、津々浦々のオーディエンスへ向けてその活動の一部を発表することとなった。阿部海太郎(本名)のファースト・ソロ・アルバムとして、『6, Rue des Filles du Calvaire, Paris』が正規盤CDとなって発売されるのだ。
このアルバムは彼がパリに留学中、私的な感覚で海外生活の記録のようなものとして作られた。そもそもは友人たちへのパリ土産に、物品を購入する代わりのギフトとして生まれたアイデアだったらしい。主に現地で作曲し宅録された楽曲(その中にはパリで活動するインディペンデント映画のサウンドトラックを依頼されて制作したものも含まれるのだが)と、そこに彼がパリの街の音を記録したフィールドレコーディングが加わり一枚のプライベート・アルバムとして成り立っている。海外生活の中で彼は常にレコーダーを持ち歩き、「日常の音」を記録するということを生活の一部に取り入れていた。そして、その現地で手に入れた「街の時間の断片」とも言うべき音の数々をこの「パリのお土産」にちりばめるというのはごくごく自然な発想だったのかもしれない。しかし結果的にそのことが新しい音楽のアプローチへと結びついた。本作はそのフィールドレコーディングから彼の作曲したメロディ一つ一つに至るまで全編にわたって、常に音楽と隣接していた生活の中から純粋に生み出されたものであり、チャレンジはあっても商業的な策などは皆無な作品である。
彼は幼少からクラシック音楽を学びはじめ、物心ついたときには既に楽器の演奏をしていたという。そして十代にはロックやジャズを聴き、クラブ・ミュージックをも聴き、その世代が普通に通過していく音楽も、サティやジョン・ケージや武満徹、はたまたブラジル音楽をはじめ世界各国のさまざまな音楽へも、感じるままに興味と愛情を傾け、音楽生活に持続と変化を繰り返して生きてきた。今までもこれからも、あまりにも自然で日常的に、なおかつ誰よりも真剣にそして清々しく音楽と「共存」している稀有な存在、阿部海太郎。その自由な姿はイルカとの共存を夢見たグラン・ブルーのジャック・マイヨールのようだ。
CD産業が苦境と呼ばれる時代を、逆に今が最高の舞台と言わんばかりに、この『6, Rue des Filles du Calvaire, Paris』は堂々と世の中に投げかけられる事となった。僕はこれが何か大きな可能性を秘めた出来事の始まりなのではないかという気がしてならない。それはTHEATRE MUSICAで取り組んでいる斬新なプロジェクトの数々で、彼の音楽性の一端を見ているからというのもあるが、このアルバムがただ単に素晴らしいからというのも理由の一つだ。作る事への純粋さとリアリティーとアイデアで溢れ、なにもとらわれることなく、どこか遠くの景色を感じさせてくれるこのアルバムに僕はこうして自然と参加しているだけでとても幸せに思う。
(山崎真央 / Mao YAMAZAKI / graf media gm)
[『6, Rue des Filles du Calvaire, Paris』ライナーノーツより]

